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火山と文化と、いろいろ。
2011.03.06 (Sun)
結局、サナトクマラのクイントエッセンスも揃えて、今はコーラルの学びのなかに居ます。
セントジャーメインは母に譲りました。

この頃は、テレビなどは殆ど視ていないので、大体ネットでニュースを知ることが多くなっているのですが、これは視たいなあ。と思って居ます。
「カティアとモーリス」
雲仙普賢岳で亡くなった、ふたりの火山学者の方を中心とした物語だそうです。
予告をちらっとサイトでみたのですが、火砕流のなかをふたりが逃げるシーンが、とても絶望的だけれど美しく、本当は、どうだったんだろう。と思いながら、期待を込めて放送日を待つことにしています。夫婦で同じ分野を研究し、その研究のなかでふたりで命を落とす。
ちょっと無いくらい、ある意味ではすばらしい運命を全うされたのだと、感じるのですが。
火山学者は、火山を相手にするわけですから、時に危険な調査になることもあると思います。
ふたりは主に噴火の様子、現象を克明に映像資料として残す役割を果たされていたのですが、それまでのケースとはちょっと違う調査になったのが、普賢岳の火砕流だったようです。
その頃、火砕流と云うことばさえ、国内ではあまり知られてはいなかったのではないでしょうか。
そして、噴火の経緯を、ずっと昔のものからきちんと検証していたひとは、学者の他にどれほど居たでしょうか。。
普賢岳であれほどの犠牲者が出てしまったのは、学問的な周知がなされて居らず、危険についてもまだ未知数だったことから起こってしまったのかな、と、残念でなりません。
此れから先の日本人の基礎教養として、火山学はもっと浸透していてもよいのではないでしょうか…。

世界の10分の1ほども火山が存在する日本ですが、スパンが長いので、なかなか前回の大きな噴火がどんなだったかな、と記憶しているひとは居ないでしょう。
わたしも近頃、新燃岳がきっかけで、火山についての様々なことを知ろうと思い、調べたりしはじめましたが…。
ずっと前の日本人は、どんなふうに火山とつきあっていたのか、その伝承はこれとしっかり伝えられているケースはあるのかな。
と考えていたら、修験者は山に住み、よく観察して、知らせる機能を自ら担っていた節があるようです。
そして鉱山なども、古い時代は湯が出たら其処はすてて、他の場所を掘ったそうですね。今は温泉地となって、賑わうことでしょうけれど。

日本と云う島に住んでいながら、あまりこの島のことについては、知らないなあ…とつくづく思い知らされるのでした。。
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